文化遺産

パルミラの遺跡

Site of Palmyra

パルミラの遺跡のイメージ
登録年
1980
地域
アラブ諸国
国コード
SY
座標
34.5519, 38.2686

概要

パルミラのエジプト征服では、270年の夏あるいは10月、パルミラの女王ゼノビアの命により、パルミラの将軍ザブダスとエジプトの将軍ティマゲネスがローマ帝国領のエジプトを征服した戦争について述べる。 この遠征の目的については、ゼノビアがローマとサーサーン朝の戦争で寸断されていたユーフラテス川方面に通じる、別の交易路を求めていたことが一因とされることもあるが、実際にはユーフラテス川交易路はごく一部が妨げられていただけであった。ゼノビアは個人的に、東方にパルミラの支配体制を確立する政治的野心を抱いており、これもまたエジプト遠征を決断する要因となった。 エジプトでは、侵攻してくるパルミラ軍に従うべきか対抗するべきか、二派に分かれた深刻な対立が起きていた。さらに、エジプトの長官テナギノ・プロブスは海賊討伐のために海へ遠征していて不在だった。 パルミラ軍はアレクサンドリアに入り、5000人の守備隊を残して帰還した。しかしその時に海賊掃討に忙殺されていたプロブスがすぐに帰ってきてアレクサンドリアを奪回した。しかしパルミラ軍も間もなく戻ってきて、アレクサンドリアを取り戻した。プロブスはバビロン要塞に撤退した。そこで、ザブダスに従っていたエジプト出身で地理を心得ているティマゲネスがローマ軍の背後を奇襲し、要塞を占領した。プロブスは自殺し、ここにパルミラ帝国によるエジプト支配が確立された。

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